密/室(仮店舗)

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■桜の花、舞い上がる道を■

■アン石SS■


■桜の花、舞い上がる道を■


「ああ、もう桜が満開だな」
 昼食を取りに出た帰り道、古着屋の軒先に一本の桜の木が花びらをひらりひらりと散らしていた。
「日本人は桜が好きですね」
 中国人であるアントニオにとって桜はただの樹木だ。花をつける木はなにも桜だけではないというのに、この時期、満開の桜がテレビに映らない日はないと言っていい。日本人の桜好きは、熱狂的だ。多少の揶揄も含めそう言うと、
「まあ、何かと象徴的なんだろうな」
 そう答える石動の視線は、もう桜に向けられていなかった。古着屋の店頭、道路際まで押し出されたダンボールにかがみこみ、中身をごそごそと検めている。
 ダンボールに立てられたボード(これもダンボールだが)に扇情的な色使いで踊るように書かれた文字。日本語は読めないが“ARMY”と“¥1000”の意味はわかる。
「これ、どうだ?」
 ダンボールの中から一枚のパーカーを選び出した石動はそれをアントニオの目の前に突き出した。
「は?」
 訝しげにアントニオが訊ねると、一瞬きょとんとした石動は、ああそうか、と呟いて、
「軍の放出品が安いんだよ、冬物だから…。おまえが着てたジャンパー、そろそろ限界だったろ」
 ほら、とアントニオの手にパーカーを押し付ける。
「ちょっと袖を通してみろって。サイズが良ければ今度の冬からそれを着られるだろ」

 今度の冬―――?
 今日の無事の安堵と、明日の無事への願いだけを交互に繋いで過ごしてきたのだ。
 今度の冬なんて―――途方も無く遠い未来に思いを馳せたことすらなかった。

「よし、いいな」
 おずおずとパーカーに袖を通したアントニオをためつすがめつ眺めた後、石動は満足げにそう言って店の中へひょこひょこと入って行った。支払いを済ませているようだ。
 アントニオはそっとそのパーカーから腕を抜く。そしてやはり、そっと、慎重にそれを折り畳んで少しだけ強く抱きしめた。
 腕の中のそれに、桜の花びらがひらりと一枚、乗った。

 涙が出そうだった。

 レシートを財布にしまいながら出てくる石動に、精一杯の自制心で、にやにやと笑い憎まれ口を叩く。
「こんな贅沢したら、明日からの食事はパンの耳になるんじゃないですか」



 時が経ち、人は変わり、失うものがあっても、今年もまた桜が咲く。
 あの日から、アントニオにとって桜はただの樹木ではない。


                                           END.



タイトルはエレファントカシマシの曲名です。    

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