密/室(仮店舗)

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■knockin' on heaven's door[4]■

■アン石SS■

一応ラストまで再録。
作中に原作(特に「黒い仏」)のネタバレを含みます。未読の方はご注意を。
更に、色々と捏造あり。
大丈夫、という方は“続き”からどうぞ…。





■knockin' on heaven's door[4]■


「好きですよ大将」

 口付けの度に囁いた。目が合う度に何度でも言った。身体中に触れ、口付けし、石動の身体を煽って、その反応がある度に言った。


 覚えておこう、と思う。この人の肌の、温もりも感触も匂いも。自分の手で、指で、舌で、全身で。


 口腔に吐き出された精を飲み下し、荒く息をつく石動を見下ろす。羞恥と性的な満足からだろう、目のふちを充血させた石動はしどけなく扇情的だ。
 湧き上がってくる感情を抑えきれず、石動の首筋に顔を埋める。耳の後ろの匂いでも嗅ぐように鼻をこすりつけ、汗ばんだ身体を抱きしめる。
「…好きです」
 石動がまたじたばたしはじめたが、吐精の後だからだろうか、寝返りでも打とうとしてもぞもぞしているといった感じだった。
「あの、アントニオ、も、もう、いい、から…っ!」
「何がです?」
 耳の後ろの髪に音をたてて口付ける。
「す、すす、好きだって、言うの。もう、わかった、から」
「言わなきゃわからなかったくせに」
「も、もうわかったよ!わかったから…」
「本当に?」

 決着を付けるべきだと考えていた。無論、あの尾行についてだ。
 石動への思いは遂げたし(さきほどまでそれは誤解だったが)、いつまでも事務所に籠っているわけにもいかない。
 今日、本当の意味で石動へ思いが届いた―――はずだ。

「ねえ大将、本当に?」
「本当!」
「じゃあ、もしアタシがいなくなっても…。ちゃんと覚えててくれますか?アタシがあなたを好きだってこと」
「…アントニオ?」
 首を捻って見返した石動の目に長髪の向こうの唇だけの微笑みが映った。




「ああ…。起こしちゃいましたか?」
「…んー…」
 石動が目を開けると、アントニオは既に身支度を終え、あまつさえ外出用のパーカーを羽織ったところだった。
「今何時だ…?」
「夕方の五時です」
 少し間があいて、ああそうか、と石動は呟いた。
「あれ…出掛けるのか?」
 少し驚いたように石動が訊くとアントニオは苦笑して、
「いつまでも籠りっきりじゃいられませんからね。厄介事を片付けてきます」
「…厄介事?」
 その質問にアントニオは微笑みで応えた。何か言いたそうな石動に先んじて言う。
「ねえ、大将。―――ちゃんと覚えてますか?」
 石動は一瞬きょとんとしたが、すぐに少し怒ったような拗ねたような顔をして
「…覚えてるよ」
 と呟き向う側を向いてしまった。毛布と髪の間から見える耳の端が赤い。アントニオは微笑んだ。
「―――行ってきます」




 昼間太陽が顔を出さなかったせいもあって、湿っぽい空気がさらに冷えている。目的地は新宿だ。アントニオはポケットの小銭をもう一度確かめた。

 まずは、尾行者の意思の確認が必要だ。夢求のように、自分の力を欲しているものなら断ればいい。それなら話は簡単だ。五分で片がつく。
 尾行された日から何が一番いい方法なのか、迷っていた。そして、自分が一番欲しいものは何だろうと考えた。
 それは、自由だった。
 ここに存在する自由。あの人のそばにいる自由。
 最上の望みは、それが明日も続くことだ。
 しかし、それがかなわないなら、次に望むのは、いずれここに帰ってくる自由だ。
 もし、あれが組織の者なら、それは血を流さずには手に入らない。
 殺すのが一番手っ取り早い、というのが結論だった。良心の呵責や葛藤もなしに、簡単にその結論を導き出す自分に呆れた。
 雑魚とはいえ内部の者が殺されたなら、誰かが様子を見に来るはずだ。そこから一人一人組織の中枢までたどっていく。
 何年かかるかわからないし、望む結果になるかどうかも賭けだけれど、そうでなければ逃げ回るしかなくなる。
 また血を流すのか、とも自問した。それに嫌気がさして今ここにいるのではなかったかと。

 いつのまにか、とんでもない馬鹿になっている気がする―――あの人のせいで。
 あの人のそばにいるためだけに、自ら何を背負い込もうとしてるんだろう。どう考えても割りに合わない。大体、何年か経ってあの人の前に戻ったら、新しい助手がいて、おまけに、奥さんの尻にひかれていた、なんてオチだって十分ありえるのに。
 それに。
 今でさえ時々、叫びたくなる時がある。大将、アタシの昔を知っていますか?罪は暴くもの、償われるべきものと信じて疑わないあなたに、アタシが許せますか?と―――。
 全てを終えたその時になって、自分がどう感じるのかはわからない。再び血を流したことの罪に耐えられずに、結局ここには戻れないかもしれないし、耐えて戻ったとしても、苦しい日々を送ることになるだろう。


 JR新宿駅の改札を抜けながら、アントニオは軽く頭を振った。未来は誰にもわからない。わからないことをいくら考えていても無意味だ。
 今は、自分の選んだ自由を手に入れるために動くしかない。

 日がすっかり落ちると、また雨が降り出した。傘を持たない人々が早足で、あるいは駆け足でアントニオを追い越していく。

 動くしかない。そして、動き出したら迷わないことだ。

 アントニオは正面を見据えた。あの路地を入れば、あの安アパートはすぐそこだ。

 行動を起こす。もし相手が組織の者なら―――殺す。
 その時に重要なことは誰の仕業かわからない方法で殺すこと。
 力を使えば一番楽だが、それでは自分の存在を喧伝するようなものだ。
 あいまいな状態にすることが重要である。
 ―――と、すれば“暴行の上刺殺”だろう。
 アントニオは常に携帯している大振りのナイフの存在を確かめる。これを使う前にどれくらい殴ればいいだろう。暴力団のリンチに見えてしまってはやりすぎだ。あくまでも個人的ないざこざでの結果に見せかけておくほうがいい―――。





「―――え?」
 アントニオは眩暈を起こしそうな自分を制御するのに苦労していた。
「だからさ、今度バーを開こうと思ってるんだよ。水商売の女が仕事がひけた後にちょっと休めるようなさ。ホストクラブで騒ぎたいって女ばっかりじゃないだろ?」
「はあ…」
「俺だってバーテンダーとしちゃなかなかなもんだと思ってるんだけどさ、面構えがこうだから」
 男は自分の、つぶれた蛙のような顔を指差した。
「なかなか味のあるお顔ですよ」と社交辞令を言う気力も今のアントニオにはない。
「そしたら本屋でアンタを見かけてさ…。アンタ、カクテルの本買ってたろう。カクテルに興味があって、背も高い、顔もそこそこ、こりゃあ店を手伝ってもらったらいいんじゃないかと…」
 その本は、依頼人がカクテル好きだと知った石動が、話を合わせる為に一夜漬けで勉強しようとアントニオに買いに行かせた本だ。努力の甲斐あって、調査料は気前よく払ってくれたらしいが。
「こっちも苦しいからさ、時給はそんなに出せないけど、労働時間も短くていいし、これくらいで…」
 労働条件を考え出す男の横で、アントニオはくつくつと笑い出した。面白い。可笑しい。もう、何もかもが笑える。
 とうとう、声を出して笑い出したアントニオを男が訝しげに覗き見た。
 こいつ、大丈夫かな…。そう言いたげな視線だ。
「オープンはいつですか?」
 目尻に滲んだ涙を拭きながらアントニオが聞く。
「え、じゃあ」
「いいえ、アタシは実はちゃんと仕事がありましてね。でも、短い間ならお手伝いしますよ。お礼もしたいし」
「…お礼?」
 男は一瞬首を傾げたが、すぐに気を取り直し、
「ああ、なんでもいいや。ありがとう、じゃあ店の場所を―――」







「ハンドクリームの試供品でーす。無香料ですので男性にもお使いいただけまーす」
 高田馬場駅前の雑踏に女性の甲高い声が響く。「間もなく発売でーす」

「これ、使い心地が良かったので買いますよ。いつ発売ですか?」
 アルバイトの女性にそう言ってにこやかに話しかける長髪の若者を、隣の黒縁眼鏡の冴えない小男が驚いたように見上げ、口をパクパクさせている。
「ありがとうございます、明後日の二十日発売です!あ、今日も持って行って下さい!」
 ミニスカートの女性はその二人に、サービスとばかりに試供品を二個づつ手渡した。勤勉なアルバイターなのだろう、その後はまた道行く人々に試供品を配るのに忙しそうだ。
 立ち尽くす小男の耳元に若者がにやにやしながら囁く。
「これだけ有ったら、買わなくても三、四回出来ますね」
 囁かれるやいなや、そのまま爆発しそうにまで赤くなった小男は、自分に渡された試供品を地面に叩きつけようとでもしたのか大きく振り上げたが、素早く周囲を見回してやめた。結局それを乱暴に若者に押し付け、肩をいからせてずんずんと歩いて行ってしまった。
 若者はその後姿を可笑しそうに見つめていたが、手の中の試供品をしっかりとパーカーのポケットにしまいこみ、その背中を追って走り出した。



END


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