密/室(仮店舗)

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■美しき日々■

■アン石SS■



■美しき日々■



 日差しはまだまだ夏の強さを残しているが、時折さらりと通る風はもう、秋の気配をはらんで涼やかだ。
 有限会社ダム・オックスが入所しているビルの屋上。中央に穴を開けた新聞紙から頭を出し丸椅子にかけた石動の背後に立ってアントニオは周囲を値踏みした。
 いつもより遠くから聞こえる雑踏の気配。車の走行音。一定の時間で流れてくる青信号の音楽。

 平和なものだ。
 
 万年金欠病を患っているこの探偵事務所では、助手が探偵の髪を切ってやることが度々有った。その逆はアントニオの必死の抵抗によって過去に一度も例が無いが。
 石動の髪に指を通し、その癖のない髪を薄くすくい鋏を入れる。切られた髪は下には落ちず、そのまま穏やかな風にさらわれて行った。
「風が気持ちいいですね」
 また髪をすくいながらそう話しかけると石動は読んでいた文庫本から目を上げて、
「そうだなあ。毎年九月ってこんなに秋めいていたかなあ」
「事務所が蒸し風呂だから気づかないんじゃないですか」
「いっそ外の方が快適だってことか」
「雨は凌げませんけどね。こういう日は事務所のドアに張り紙でも出しますか」
「矢印を書いてか?」
「有限会社ダム・オックスはこちらって」
「エコロジーな探偵事務所としてテレビが取材に来るかもしれないな」
「忙しくなりますね。コーヒーカップが二つしかないですよ。買い足さないと」
 二人でくすくすと笑った。

 石動の髪をすくっていた指がふと止まり、何かを確かめるように髪を梳いた。

 白髪が増えた。そう思う。 

 こうして、この人のそばに、もうどれくらい居るのだろう。
 ぬるま湯の幸福な日々。
 束の間かもしれないと思いながら大切にしてきた日々。
 この日々を「いつもの」ものと思える幸福。

「…アントニオ?」
 突然止まった手を不審に思ったのだろう、石動が不思議そうな顔をして振り返る。
「どうした…?あ!」
「―――え?」
「おまえ、まさか何か失敗を―――!」
 後頭部を慌ててかき混ぜながら血相を変えて向き直る石動に、一瞬呆気にとられたがその必死の形相に思わず吹き出した。
「なんだよ!笑い事じゃないだろ!」
 笑い続けるアントニオに石動は地団駄を踏んだ。

 これもいつものこと。
 どんな感慨も感傷も、この人は軽く蹴飛ばして蹴散らしてしまう。
 自分にとって、この世の中に、この人に敵うものは無い。

 髪を切ったらいつものように石動には気付かれないよう用意したケーキを食べよう。いつものように二人で。
 「いつものように」。
 その幸福をしっかりとかみしめながら。


                                         END.
 

 サブタイトルは「ぐだぐだの日々」。

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