密/室(仮店舗)

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■甘い毒薬■

■アン石SS■


相変わらず乗り遅れ具合が酷いサイト…(他人事のように)。
バレンタイン記念SSです。
というか、2月13日の深夜ということでお願いします。

それにしても新しいのアップするのいつぶりだろうか…(怖いので考えない)。

設定としては、アントニオの片想い時代です。

■甘い毒薬■


二月十三日二十三時五十五分―――。
 調査書の配達や雑用を終え、いつものように階段を上がり、有限会社ダム・オックスのドアを開ける。すると、やはりいつものようにデスクで暇そうに雑誌をめくっていた石動が顔を上げた。

「戻りました」
「遅かったな」
「すみません、コンビニで明日のパンを買ってきたんで」
 下げていた袋を少し持ち上げてみせてから事務所の隅のワゴンキャビネット(一応食料と食器置き場だ)に乗せた。
「冬はいいですね、食べ物が傷まなくて」
「全然あったまらないエアコンもそういう点では実に優秀だな」
「まったくです」

 いつもの軽口を交わしながら、薄手のアーミーコートのポケットに忍ばせた二つの小さな塊を弄ぶ。

 小さな二つの毒薬だ。
 小さく、そしてささやかな毒性。
 少しだけあの人を困らせる。
 少しだけ。
 本当に少しだけ、困ってくれたらいい。
 本当には、困らせないように、怖がらせてしまわないように。
 絶妙の殺傷能力で、少しだけ、あなたに何かが遺ればいい。

 ちらりと時計を窺うと一度重なった長針が既に十二時を少しだけ回っていた。
 会話のあと、石動が再び目を通している雑誌のすぐ横、視界に入るエリアにそれを転がした。

「…なんだ?」
 訝しげに見上げる石動に、いつものように少し笑いながら答える。
「コンビニのくじ引きでもらいました」
「チロルチョコ…?二個だけか?」
「はい」
「それは確実に―――ハズレだろ」
「まあそうでしょうね」
 愉快そうに顔を覗き込んでくる石動に、大げさに肩をすくめてみせる。

 そのまま背を向けコートを脱いでいると、カサカサとパッケージを開く音が聞こえ、思わず口元がゆるんだ。
 本当に子供みたいな人だ。
 自分が母親ならその手をぴしゃりと叩くところかもしれない。

「へえ、けっこう美味しいな」
 石動はカップに残っていた冷めたインスタントコーヒーでそれを流し込んだ。



「さて、そろそろ寝るか…」
 あくびをしながら一つ伸びをして石動が立ち上がった。おやすみ、と呟きながら隣の居室(兼物置)へのドアをくぐろうとした背中にハンモックの上から言葉を投げる。
 “それ”を毒薬に変える呪文だ。

「ねえ、大将。今日が何の日か知ってます?」
「何の日って…。2月13日は」
「もう、それは昨日です」
「へ」
 一度きょとんとした石動の顔が、間をおいて少しだけ赤くなった。
 それが今日という日を忘れていた浮き世離れした己を恥じてなのか、その小さなチョコレートの意味に気付いてなのかは知らないが。
「そ、それくらいぼくだって知ってる…けど」
 あんまり困らせてはいけない。
 考えさせすぎてはいけない、気付かせすぎてはいけない。
 にっこり笑って言葉を繋ぐ。そう、冗談で済むように。
「十倍返し期待してますよ」
「十…っ、黙って食べさせておいてそれはズルイだろ!」
「ついでに告白の返事もお願いしますね」
「何が告白だ…!」
 さらに何かを言い募ろうとする石動の口が音声を発する前に、目を閉じ、うっとりとした口調でまくしたててやる。
「ああ、一ヵ月後が楽しみです。どんなプレゼントをもらえるのか。それから答えはイエスか、ノーか?考えたら眠れなくなりそうですよ」
 そう言って石動の顔を見直すと、芝居がかった口調に気圧されてか「わけがわからない」とでも言いたげな表情でこちらを見上げていた。
 予想通りに。
 ひらひらと手を振りながらハンモックに身を沈めて、言う。
 これが幕引き。
「じゃ、おやすみなさい、大将」
「何が眠れなくなるだ!寝るんじゃないか!」
 ほら、まるでコメディ・ショーみたいに、冗談が完成した。
 クスクスと笑いながらそれでも顔を上げずにいたら、気勢を削がれたのか、それ以上は何も言わず(正確には何かブツブツ言っていたようだが)石動はドアの向こうに消えた。


 ほんの少しの毒。
 口当たりのいい、それだけならまるで冗談のような、毒。
 でもいつか、澱のようにあの人の中に溜まっていって、その時は。

 埃のついた天井を見上げていた目をきつく閉じた。

 あの人を困らせたくないと思う。
 澱のように溜まったその毒に気付いたあの人が困るのを見たくないと思う。
 あの人には出来るだけ心配事や思案事から離れていて欲しいし、あの人が困惑した顔こそが、己の恋情への「判決」なのだ。

 気付いて困惑するあの人と、
 それを見ている自分を想像するだけで胸が締め付けられるような気分になった。

 それならこんな風に正に毒を仕込むようなやり方をすべきじゃない。
 隠して隠して、隠し通せばいいものを―――。


「アントニオ!」
 突然ドアが開け放たれたそこには石動が仁王立ちしていた。反射的に身を起こして見た石動の顔は目が輝き、得意そうに鼻がひくついていた。一旦ふとんに入ったのだろう、その髪はさっきより乱れていたけれど。

「さっきのアレ、くじでもらったんだろ!?ゼロは何倍しようとゼロだぞ!」

 どうだ!と言わんばかりの顔で宣言されて、呆気にとられた。
 それから思わず吹き出し、あんまり笑い過ぎて、ハンモックから落ちそうになった。
 石動は「なにが可笑しいんだ」とか「ちゃんと聞け」とか、わあわあと抗議の声を上げていたが諦めたようだ。もう一度、今度は口惜しそうに顔を真っ赤にして、荒々しくドアを閉めた。

 こみ上げてくる笑いは未だにおさまらない。

 ああ―――。
 毒気を抜かれるとはこのことだ。
                                 END.

チロルチョコ

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