密/室(仮店舗)

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■Sickness■


2010年冬のコミックマーケットで発行したチラシに掲載。
古賀先輩視点に挑戦してみました。

古賀先輩は、人を見る目があると思うんですよ。
いかつい風貌や言動から誤解されそうだけれど、洞察力とか観察眼が優れている人だと思う。
石動さんの一見鈍そうな(ある部分では確かに鈍いんですが)外見や雰囲気に惑わされず、
「あいつは頭が切れる」と言いきってしまえるくらい、
人の「コンテンツ」を正当に評価出来る、珍しい人だと思うのです。
(いや、過去に実際石動さんの探偵ぶりを目の当たりにしているとしても、
第一印象とかそれまでの評価を上書き出来るというのは、古賀先輩自身がフレキシブルでクレバーなんだと私は思っているのです)

ええと、その古賀先輩とアントニオの初邂逅を捏造してみました。
“続き”からお願いします。



■Sickness■


 たかが日が変わるだけ、月が変わるだけだというのに、どういうわけか年末には業務がたてこんでくる。
 間もなく正規の終業時間だというのに、クレームや諸問題、一つの電話が終わる前にデスクのそこここに“要折り返し”のメモがたまっていく様はいっそ見事としか言いようがない。
 面倒な電話を一件終え、その間に溜まったメモに目を通そうとした瞬間に、デスクの隅で震えだした携帯電話を舌打ちしながらひっつかんだ。
「忙しい!切るぞ!」
 相手の第一声も聞かずそう言い捨てて、終話ボタンを押そうとしたのには理由がある。ディスプレイに煌々と映し出されたのが、学生時代からの腐れ縁、基本的に関わると碌なことにならない男、石動戯作の名前だったからだ。
 紙一重のところでそうしなかったのは、耳から遠ざける電話から、ヤツのものでない声が聞こえたからだ。
「お忙しいところを申し訳ありません」
「…誰だ?」
「有限会社ダム・オックスで石動さんの助手をしている者です」
「助手?」
 あいつ、いつの間にそんなに偉くなりやがったんだ。
「石動の名代ってわけか?どういう用件だ?」
「ええ、あの…。石動さんが急に倒れて…」
「…なんだと?」


「相変わらずごみ溜めみたいな事務所だな」
 道すがら買い込んできた荷物をひとまずソファに放り出しながら、助手だと名乗る男に事情を聞く。石動はパソコンの載ったデスクに、赤い顔をして突っ伏していた。眠っているようだが、もしかしたら高熱の辛さに目を閉じているだけかもしれない。
「いつからこうなんだ?」
「あなたに電話する少し前です。急に口数が少なくなって、声をかけたら、もう」
「ふん」
「医者を呼ぼうとしたんですが、絶対にイヤだ代わりに先輩を呼べって」
「……」
 …まったく、迷惑な話だ。俺は動かない石動を睨み付けた。
 石動の事務所に到着したのは午後8時だった。こいつの面倒をみてから再度会社に戻るにしても、火急に片付けなくてはならない案件が数件あったからだ。
道々買い込んだ品々は、2リットルサイズのスポーツドリンク数本と、同じく水数本、レトルトの粥数食、果物の缶詰をいくつか。そして水枕だ。

 俺は、この忙しい時期を狙ったように面倒を起こす石動の忌々しさにもう一度ため息をついた。
とにかくこいつを寝床に連れていかねえとな。男の寝床なんか近寄るのもごめんだが、事態が事態だ。本と書類でジャングルのような狭い事務所を見回す。
「寝床はあっちか?」
「…えっ」
 石動を見つめていた目がはじかれたようにこちらを見る。
「こいつの寝床はあっちか?」
「…あ、はい。すみません」
「おい、石動!」
 俺は石動のデスクにづかづかと近づいて頭の上から怒鳴ってやった。
「目を開けろ、こんなところで寝るな!面倒かけるんじゃねえ!」
 さらに耳元で怒鳴り、覚醒を促してやると、うっすらと瞼を上げた。
「…せんぱい…」
「また、いつものヤツか?」
 そう問うと、ぐったりと机にのびたまま、微かに頷いた。
「じゃあ、気遣い無用だな」
「そんな…せんぱい…」
「さっさと自分の足で寝床まで移動しろ!その間に色々用意してやるからありがたいと思え」
 俺は本当に石動に背を向けて、購入してきた品々をテーブルに並べ始めた。
 石動は「うう」とか小声で「ひどい」とかほざいていたが、俺がそれにまったく耳を貸すつもりがないことにやっと気付いたらしい。なんともおぼつかない動きで、デスクを立ち、寝室へ向かおうとした。初めて歩いた赤ん坊か、足腰の弱った老人のような不安定さだったが、すかさず助手がその体を支えてやっていた。

「寝たか?」
「あ、はい。あの」
 買ってきた水枕の箱を開ける。新しいゴムの独特の匂いが鼻をついた。コンビニのビニール袋から、ロックアイスを取り出し、
「悪いが、適当に入れてきてくれ」
「はい。あの…」
「二日だ」
「え?」
 水枕とロックアイスの袋をかかえた助手が狐につままれたような顔をした。
「これまでの統計からいって、三日目にはケロッとして起きてくる」
 俺は続けた。
「学生時代に二回、卒業してからも二回あった。知恵熱みたいなもんだろう。何年かに一度、こうやって熱をだす」
「…はあ…」
「だから、大丈夫だ。あんたがそんな死にそうな顔で心配してやるようなことじゃない」
 俺にそう言われて、助手は心底驚いたように目を見開いて、絶句した。

 助手が給湯室で水枕を整えてくる間に、石動の寝床だと示されたドアを開けた。
 物置じゃねえか。
 どこから運び込んだのかダンボールやら、ごみ袋をかぶった扇風機やら、事務所と同じように、まとめられた雑誌、積み上げられた新聞、書類、それらに埋もれるようにして、ヤツの寝床はあった。
 近づいてみると、寝巻きに着替える理性はあったのか、布団の中の石動はスエットを着込んでいる。
赤く上気した頬、開いて乾いた唇から浅い呼吸が繰り返されていた。
「準備してきました」
「悪いな」
 自分は少し離れ、助手に場所を譲る。きちんとタオルに包まれたそれを、助手はこれ以上はそうできないくらいそっと、石動の頭の下に差し込んだ。

 それにしてもよりによってこのド年末のクソ忙しい時に。
 これから一度会社に戻って、いくつかの案件の片を付けなくてはならない。明日は暦の上では休日だが、同じ部署の人間の中で、暦通りに休める人間などそうはいなかった。そんな状況だからこそ、ほんの数時間でも自宅で休みたいのが人情というものだ。連日の残業、ともすれば徹夜仕事の続いたこの数週間、疲れは体に重くのしかかっている。
 だが。
 以前この馬鹿が、サークルの合宿中にこの状態になった時、深夜のことでうっかり放置していたら、一人でトイレに行こうとして階段を踏み外したのだ。
 骨折まではしなかったものの、結局熱が下がってからの方が世話が焼けた。

 また戻って、今日はここに泊りこむしかねえか―――。

 忌々しい思いでもう一度石動を見ると、助手が石動の布団を直していた。肩口から冷気が忍び込まないようにだろう、そっと体に沿って、布団を押さえるようにしている。


「―――おい、あんた」
「はい」
「あとはまかせた。俺は職場に戻る」
 言いながら部屋を出る俺の後を助手が慌てて追ってきた。追いついて、ぺこりと頭を下げる。
「すみません。お忙しいところを」
「放っておいたら何時間でも寝るだろうが、適当にたたき起こして飯を食わせろ。でないと熱が下がってからもふらふらしやがるからな」
「はい」
「ついでに水もとにかく飲ませろ。脱水症状を起こすと後が面倒だから」
 いくつかのいやな思い出が走馬灯のように脳裏を過ぎったが、無理やり封じ込めた。
「はい」
「それと、あいつの熱が下がったら」
「…はい」
「今回の買い物の代金と俺の手間賃はきっちり請求すると伝えておけ」
 いまだ真っ白い顔色ながら、石動の助手だと名乗る男は、初めて笑った。

 東京もこの一週間でめっきり冷え込んできた。
「9時半には着くか」
 事務所到着の時間を算段した呟きが、まとっているのは厚く白い息だ。事務所に残してきた案件と、自分がいない間に間違いなく増えているであろう解決すべき案件を思うと、気が滅入りそうなものだが、俺は妙に晴れ晴れとした気分だった。
 これでやっとヤツのお守りから解放されるということだ。
 この、染み入るような冷えた空気にすら清清しさを感じながら、俺は高田馬場駅へと向かった。




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