密/室(仮店舗)

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■Knockin' on heaven's door[2]■

■アン石SS■

2007年11月18日、有栖川有栖ジャンルオンリーイベント「Aをねらえ!」にて、HAPPYEYES!様に無料頒布いただいた本からの再録。
の第二章(ただ分量が多かったので区切ったのですが)。

作中に、原作(特に「黒い仏」)のネタバレを含みます。原作を未読の方はご注意を…。
さらに、色々と捏造あり。
「大丈夫」という方は、“続き”をどうぞ。







Knockin' on heaven's door[2]


 どうも事態を把握しきれていないふうで「え?」とか「あの、」とか「ちょっと」とかごちゃごちゃ言っている石動をソファに座らせそのまま横たえる。その途端に、ソファに有ったショルダーバッグと試供品とやらがリノリウムの床に落ちたが、瑣末なことだ。いつもの黒縁眼鏡を片手で外してやり、それだけは応接用のテーブルに置く。
 
 手首を掴んで胸を開かせ首筋に顔を埋めると、まるで氷を当てられたように「うわ!」と叫んで身を縮めた。手首を掴んだまま見下ろすと、きょときょとと眼球を泳がせながら言う。
「あ、あの、アントニオ、あの、す、進めるって、本当にか?」
「大将が嫌でなければ」
 もう一度繰り返すと、石動は再び少し考えて
「…嫌、じゃないんだよなあ…」
 アントニオは苦笑した。


 キスをして、服を脱がせ、丁寧に愛撫していく。
 なんだか拍子抜けだ。なんというか、自分が想定していたどの反応とも違う反応をされて戸惑った。自分の想定の外、理解の外の行動を、石動がとることはこれまでにもあったが。
 いやではないと言ってくれたし、ここまでの行為も、おっかなびっくりという態ではあったが受け入れてくれているし、ここまできたらそれを信じるしかないのだけれど。
  
 顔を見ると少し眉間にシワを寄せて、まるで神の裁きでも待つように目を閉じている。その表情を読む限りでは、アントニオがどういう行為をしようと受け入れる覚悟でいるように見える。  それが嵐をやり過ごそうとしっかりと閉ざされたドアを連想させた。


 アントニオの口の中で石動が達した。

 アントニオに見下ろされた石動は荒く息をついていた。
 ピンク色に染まった胸が大きく上下し、汗と唾液にちらちらと光る。
 考えないようにしていた光景だ、とアントニオは思う。この人を好きだと思ってから、劣情を抱えるまでには少し間があった。それが芽吹いたことは自覚したけれど、したからこそ、暴走しないように気をつけていたのだ。

 腕を顔の前で組み、表情の見えない石動にアントニオが言った。
「ねえ…最後までしていいんですか?」
「…え?」
 まただ。
 今日のこの人は一体どこを彷徨っているのか。とんでもない状況なのは理解出来るが、だからこそ、ちゃんと自分の存在を感じて欲しいのだが。
「最後までしちゃいますよ。いいんですか?」
 石動は目を閉じ、かすかに顎をひいた。
「…うん…」

 本当にいいのか?わかっているんだろうか?と冷静に考える理性と別のところが、顔を横に向けた石動の曝け出された首筋と上下する胸に散った赤、観念したように閉じられた睫に、
 なんて媚態だろう―――そう反応した。

 潤滑剤の代わりになるものは何かないかと考えていた時、リノリウムに落ちた試供品が目に入った。冷蔵庫のマーガリンを持ってくるより、遥かにいいと思う。


 互いの荒い呼吸と時折漏れてしまう声だけが、いつもの空間を満たす。

 この行為が一番生理的に受け入れがたいのではないかと思っていたが、石動は協力的だった。
 やはり最初は驚いていたが、「力、抜いて下さい」「普通に呼吸して」などの指示に懸命に従ってくれた。
 それでも慣れない行為のためには、かなりの時間が必要だったけれど。


 石動に中にいたまま、抱きしめたくて覆いかぶさるようにすると敷いた身体が硬直した。
「…ッ…!」
 顔を覗きこむと苦悶の表情がそこに有った。
 はっとして身体を起こそうとするアントニオを石動の手が止める。背中に回された手が震えているのがわかった。
「動く、なら、予告、してくれ…」
 自分を正面から非難せず、やっとそう呟く石動がたまらなく愛しくなった。
「ごめんなさい」
 顔にかかり汗で張り付いた髪をそっと退けると、震える睫毛に涙がからんでいる。
 こんな石動は、知らない。
 ずっと一緒にいたけれど、知らなかった。初めて見る石動の姿にたまらないくらいの幸福感を覚えて高揚した。





 あの日から十日余りが経った。
 昨晩からの雨は上がったが、今にも降り出しそうな曇天。昼下がりといっていい時間なのにヒーターのスイッチを入れたくなる気温だ。
 一雨ごとに冬に近づくというのは本当だな、などと石動は柄にもなく季節の移り変わりに思いを馳せる。

 あの日以来、アントニオとの距離が近い。
 若い助手は、今もこれまでの定位置のハンモックではなく、本来なら依頼人が座るべきソファに身を沈めて、また読めない雑誌をめくっている。

 いつも通りの静かな午後。依頼人のやってくる当てもなく、調査中の案件もない。
 石動は、塗装の剥げが丸見えになるのも構わずノートパソコンを押しやって、机に突っ伏した。
 眠い。
 うつらうつら、ゆらめき始めた意識が、あの日以来頭から離れないテーマに辿り着く。

 アントニオは誰の代わりにぼくを欲していたんだろう。

 突然の口付けに思考が止まるほど驚愕した。でも、嫌か、と訊かれて嫌じゃないと答えたことに嘘は無かった。驚いたことに普通なら感じるであろう生理的嫌悪感とか、そういうものを全く感じなかった。
 それと―――。あの瞬間、彼は寂しいのだ、と直感的に思ったのだ。悟った、と言ってもいい。
 自分の知らない時間の中で、彼にだって恋人がいたに違いない。自分はその誰かの代わりなのだ。その誰かがアントニオを受け入れていたのなら、受け入れてやらなくては、と思った。
 まあ、まさか、あそこまでされるとは予想していなかったけれど。
 もしかして、恋人も男だったのかな。
 自分と出会う前のアントニオのことを石動は全く知らない。知ろうとしなかったし、今でも知りたいとも思わない。思わないが。
 ―――かわいそうに。
 家族もいないこんな遠い国で、こんなせまい事務所に閉じ込められて。(閉じ込めているつもりはないが、どうも外に友人もいないようだ)
 すがりつく相手がぼくしかいないんだ。
 かわいそうになあ。本当ならセックスだけじゃなく、デートとか、なんというのか、いちゃいちゃしたりしたいんだろうになあ、若いんだし。

「…大将?」
 遠慮がちな声が石動の耳に届いた。
「…寝ちゃったんですか?」

 石動は起きてるよと答えようと思ったが、体が言うことをきかなかった。体が先に眠ってしまったようだ。ああ、こういう時に金縛りにあったりする人がいるんだな、と脈絡なく考えた。

 アントニオがソファから立ち上がり、デスクに歩み寄ったらしい。さっきより近い位置からまた遠慮がちな声。
「…大将?」

 何を考えていたんだっけ…。そう、かわいそうなアントニオのことだ。本当なら好きな人と抱き合ったり、触れあったりしたいだろうに―――

 石動の髪に何かが触れた。そのまま髪をやさしく玩ぶ。

 そう、こんなふうにやさしく触れたり―――

 おそらく無防備にさらけ出されている右の耳に温かく湿った柔らかいものが触れる。反射的に少しみじろいだが、アントニオは意に介さない。いとおしむような、まるで同化しようとするかのような長い口付けだった。

 そう、そしてきっとこんな―――

 って、――――あれ?

 がばりと石動が顔を上ると至近距離にいたアントニオが思わず飛びのいた。目を丸くしているアントニオに向かって叫ぶように言う。

「アントニオ、おまえもしかして、ぼくのことが好きなのか?」




戻る← →続く

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